明石市にある明石城は、築城からおよそ400年の長い歴史を持ち、日本100名城にも選ばれている由緒ある名城です。
現在の町割りは、築城時の計画から続いており、都市計画の礎となっています。
町割りの一つとして形成された「魚の棚商店街」は、明石近郊の台所として広く親しまれています。目の前に広がる明石海峡から獲れる新鮮な魚介類や海産物が購入できる希少な商店街です。
播磨大中古代の村にある大中遺跡では、竪穴住居が多く復元されていたり、兵庫県立考古博物館では、まが玉づくり体験など古代体験が存分に楽しめるスポットとなっています。
本特集では、東播磨の悠久の歴史に思いを馳せる事ができるモデルコースを深堀りします!
明石城は、今から400年前の1619年(元和5年)に、初代明石藩主小笠原忠政(後の忠真)が外様大名の多い西国の備えとして、徳川幕府2代将軍秀忠から命じられ築城されました。本丸跡に建つ巽櫓・坤櫓は日本に12基しか現存していない三重櫓のうちのふたつで、国の重要文化財に指定されています。また、宮本武蔵が城下町の町割り(都市計画)を行ったことでも有名で、公園内には「武蔵の庭園」があり、当時の城主の遊興場所でもありました。
また、公園内にある「剛ノ池」には、多くの野鳥や草木が観察できます。春には桜の名所としても賑わいを見せています。
【明石城】
住所:〒643-0877 兵庫県明石市明石公園1-27
TEL:078-912-7600
公式サイト:https://www.akashijo.jp/
「うおんたな」と呼ばれる明石・魚の棚商店街は、約400年前に明石城の築城とともに誕生したと伝えられており、宮本武蔵の城下町の町割りの設計により造られたと言われる古い歴史を持つ市場です。
全長350mのアーケードに明石特産の海の幸や練り製品、海産物の乾物などを扱う商店を中心に約110店の店舗が建ち並んでいます。
商店街の途中では、「魚の駅」と呼ばれるインフォメーションセンターがあり、憩いの場として親しまれています。
商店街利用の駐車サービスや魚の棚商店街はもちろん、市民とのコミュニケーションスペースとして、各種の作品展示なども行っています。
【魚の棚商店街】
住所:〒673-0892 兵庫県明石市本町1丁目1-16
営業時間:10:00~17:00
TEL:078-911-9666
公式サイト:https://www.uonotana.or.jp/
大中遺跡は、昭和37(1962)年6月、町内に住む3人の中学生によって発見され、昭和42(1967)年に国の史跡に指定されました。昭和47年から「播磨大中古代の村」として整備され、今では憩いの場として親しまれています。
大中遺跡は、弥生時代後期(約1900年前)の代表的な遺跡で、長さ500m、幅180mで、約70,000平方メートルの広さがあります。
園内には多くの竪穴住居跡が発見されています。現在では復元された様々なタイプの竪穴住居が自由に見学できます。
【播磨大中古代の村】
住所:〒675-0142 兵庫県加古郡播磨町大中1丁目1
TEL:079-435-5000
営業時間:
4月~9月:9:00~18:00
10月~3月:9:00~17:00
大中遺跡内にある播磨町郷土資料館では幻の軽便鉄道、別府鉄道の遺産が残っています。
別府鉄道(べふてつどう)は、播磨灘に面する別府港と内陸部とを結んだ軽便鉄道のこと。化学肥料を製造する多木製肥所(現在の多木化学株式会社)の製品を出荷し、官設鉄道(現在のJR)まで運搬する目的で設置されました。1921年(大正10)、別府港口駅―野口駅間を走る野口線が開業(3.7キロメートル)。その2年後の1923年(大正12)には土山駅とのあいだを走る土山線(4.1キロメートル)が開業しますが、山陽本線と接続する土山線の開業にともない、貨物輸送はおもに土山線、旅客輸送は野口線がそれぞれになうこととなりました。その最盛期は1960年代。しかし、自動車の普及にともなって輸送形態が激変し、1984年(昭和59)1月31日をもって、63年間の鉄道営業にピリオドが打たれました。
現在、別府鉄道の遺産の多くは土山線の沿線に位置する大中遺跡公園内の播磨町郷土資料館に保存されています。写真は資料館の裏手に静態保存されている車輌。
【播磨町郷土資料館】
住所:〒675-0142 兵庫県加古郡播磨町大中1丁目1−2
営業時間:9:30~17:00
定休日:月曜日
TEL:079-435-5000